フリースのジャケットを羽織るとき、ふと首の裏に手をやることがある。
そこに縫い付けられた小さなタグ。 ロゴと文字だけの、数センチ四方の布切れ。
でも、よく見ると、そこには時代が刻まれている。
茶タグの時代 。 山のものが、街に来た朝
THE NORTH FACEの70年代モデルには、白地に茶色でブランド名とロゴがデザインされた、いわゆる「茶タグ」が縫い込まれている。 「MADE IN USA」の文字すらまだ入っていない、初期のものもある。
それは登山やアウトドア活動のために作られた機能服が、まだ「街着」になることを想定していなかった頃の証拠でもある。
70年代の日本でも、アウトドアウェアの文脈は静かに動き始めていた。
アメリカのアースムーブメントに由来する「ヘビーデューティー」という思想が海を渡り、小林泰彦の著作や『Made in U.S.A. Catalog』といった書籍を通じて、ファッション好きたちのあいだに広まっていった。
ダウンジャケット、ダウンベスト、ロクヨンクロスのアノラック。 本来は野山や峠のためのものが、都市の舗装路を歩き始めた。
これは「機能のためのもの」が「生き方のためのもの」へと読み替えられた最初の波だったかもしれない。
ヘビーデューティーという言葉自体、英語本来の「頑丈な」という意味を超え、アウトドア系スタイル全般を指す和製的なファッション用語として定着していった。
アイビースタイルが下火になりつつあったその時代、新しい軸として受け入れられたのが、道具としての服という考え方だった。
デカタグ・雪なしタグ 。変化のサインは、いつも小さなところに
80年代に入るとパタゴニアのタグは「デカタグ」と呼ばれる時代へ移行する。
現行タグより明らかに大きく、フォントも丸みを帯びている。 「patagonia」の文字の右横にRマークがあるかどうかで、80年代前半か後半かが見分けられるとも言われる。
90年代初頭には「雪なしタグ」と呼ばれる希少な時期が3年ほど続いた。
山頂の白線が消えたタグ。なぜそうなったのか、公式な説明はないらしい。 偽物対策という説もある、と古着の世界では伝わっている。
その不確かさも含めて、タグは物語を持つ。
ノースフェイスも同様だ。 70年代の茶タグから80年代の紺タグへ、そして90年代には黒タグへ。
90年代に入るころには、アメリカ以外での生産が増え、ファッションとしてのウェアが主軸になっていく。
タグの変化は、ブランドが山を降りて街に馴染んでいった軌跡でもある。
90年代の邂逅 。ストリートとアウトドアが交差した時間
90年代、アウトドアウェアは街の空気と本格的に混ざり合った。
カラフルなフリース、テックなナイロン素材、見慣れないヨーロッパ製の登山ブーツ。 山に登るわけでもなく、アウトドアアパレルで街に繰り出すのが「ツウ」のスタイルだった時代。
当時のコレクターは、旧タグ仕様のグレゴリーのパックや、知る人ぞ知る中堅ブランドを「これ見よがし」に着て公園に集まっていた、という話が残っている。
その頃、タグの読み方はまだ雑誌やフリマの仲間内で手渡しされる情報だった。
インターネットも、ネットオークションもない時代。 年代判別の知識は、古着屋の店主か、目利きの先輩から教わるものだった。
骨董の世界に通じるものがある。 茶碗の高台の削り跡、刀の刃紋、陶器の釉薬のかかり方。
目で見て、触れて、蓄積してはじめて分かる「来歴」がある。 アウトドアウェアのタグも、同じ種類の読み物だと思う。
今も、タグは語っている
古着店の棚に並ぶ古いフリースを手に取る。 首元のタグをそっとめくる。
デカタグ、雪なしタグ、茶タグ。 その小さな布切れが、80年代のカリフォルニアか、70年代のフィールドか、90年代の街かを教えてくれる。
服は使われるために作られる。 でも、時間が経つと、使われた文脈ごと纏ってしまう。
フィールドで育まれた機能が、ある時代の人々の審美眼によって街に引き降ろされ、さらに年月を経て「来歴のある古道具」として再び手に取られる。 半世紀かけた、静かな旅だ。
首の裏のタグに、少しだけ目を向けてみる。
そこには、そのジャケットがどこを歩いてきたかが、小さく書いてある。