なぜアルゼンチンは、これほどまでにサッカーを愛するのか

38歳のリオネル・メッシがワールドカップでハットトリックを達成した。マラドーナからメッシへ。アルゼンチンサッカーが世界中の人々を魅了し続ける理由を考える。

アルゼンチンは今回のW杯初戦で、メッシがハットトリックを決めていた。

38歳。

6度目のワールドカップ。

しかもハットトリック。

数字だけ見ても十分すごい。

でも、アルゼンチン代表の試合を観ていると、いつも思うことがある。

メッシは特別だ。

けれど、アルゼンチンサッカーの魅力はメッシだけではない。

アルゼンチンは、サッカーを文化として生きている

アルゼンチンではサッカーはスポーツではない。

生活に近い。

街を歩けばサッカーの話をしている人がいる。

カフェでも。

市場でも。

家族の食卓でも。

サッカーは共通言語だ。

日本で言う野球とも少し違う。

もっと生活の奥深くに入り込んでいる。

マラドーナという神様

アルゼンチンサッカーを語るなら、やはりマラドーナを避けて通れない。

1986年のワールドカップ。

イングランド戦での「5人抜き」。

そして「神の手」。

良くも悪くも、マラドーナはアルゼンチンそのものだった。

ずる賢さ。

情熱。

反骨心。

カリスマ性。

その全てを背負っていた。

だから今でもアルゼンチンには、マラドーナの壁画が残っている。

彼は元選手というより、歴史・伝説になった。

メッシはマラドーナとは違う

長い間、メッシは比較され続けた。

「マラドーナを超えられるのか」

その問いを何度も投げかけられてきた。

でも実際は違う。

メッシはマラドーナになろうとしなかった。

そして2022年。

ついにワールドカップを掲げた。

その瞬間、比較は終わった。

アルゼンチンには二人の英雄がいる。

それで良かったのだと思う。

アルゼンチンサッカーは、少し泥臭い

面白いのは、アルゼンチンのサッカーは必ずしも美しいだけではないことだ。

スペインのようにボールを回し続けるわけでもない。

ブラジルのように自由奔放でもない。

走る。

戦う。

削る。

粘る。

その上で技術がある。

どこか労働者の国らしいサッカーだと思う。

だから応援したくなる。

なぜ世界中がアルゼンチンを好きになるのか

強い国はたくさんある。

でもアルゼンチンには物語がある。

マラドーナ。

メッシ。

涙した決勝戦。

歓喜した優勝。

国そのものがサッカーと共に生きている。

だから人を惹きつける。

メッシのハットトリックは終わりではない

今日のハットトリックも、おそらく数年後には記録として語られるだろう。

でも本当に残るのは数字ではない。

ワールドカップの朝。

テレビ越しに見た歓声。

メッシがゴールを決めた瞬間の空気。

アルゼンチンの選手たちが抱き合う姿。

そういう景色だ。

サッカーは90分で終わる。

でも、物語は終わらない。

だから私たちは、また次のワールドカップを観てしまうのだ。

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