人は役割を演じている。
会社員だったり、父親だったり、学生だったり。
だけど深夜1時になると、その肩書きは少しだけ薄くなる。
イヤホンを耳に差し込んで、コンビニで買った缶ビールを開ける。
そこから始まるのは、テレビでは聞けない「本音」の時間だ。
その入口にあるのが、TBSラジオの深夜番組JUNKだ。
2002年にスタートして以来、お笑い芸人たちの素に近いトークを届け続け、深夜ラジオの代名詞として愛されてきた。
深夜ラジオは、「何も起きない」が一番面白い
JUNKを聴いていると、不思議なことに事件はあまり起きない。
マネージャーとの小さな出来事。
コンビニで見つけた変な商品。
後輩との食事。
そんな話を、2時間近く笑いながら聞いてしまう。
それはテレビのように編集された面白さじゃない。
友達の部屋で夜更かししているような距離感。
ラジオだから成立する「余白」がある。
テレビのスターじゃなく、人として笑える
設楽統が日村勇紀をいじる。
爆笑問題が時事を語る。
伊集院光がどうでもいい話を何十分も広げる。
山里亮太が嫉妬をネタに変える。
おぎやはぎがダラダラしゃべる。
どれもテレビで見る姿とは少し違う。
肩書きが外れた瞬間の人間らしさが、リスナーを引きつける。
だからJUNKは「番組」ではなく、「毎週会う友達」に近い。
サブスク全盛の時代に、待つという贅沢
好きな映画はいつでも見られる。
音楽も好きな時に流せる。
でもラジオだけは違う。
金曜深夜1時になれば、バナナマンのバナナムーンGOLDが始まる。毎週決まった時間に生放送で届けられるライブ感は、今なおJUNKの魅力のひとつだ。
時間を合わせる。
リアルタイムで笑う。
SNSで誰かと盛り上がる。
便利になった時代だからこそ、この少し不便な体験が愛おしい。
カルチャーは、案外ラジオから始まる。
お気に入りの音楽。
気になる映画。
読みたい本。
芸人がぽろっと話した店。
ラジオは、カルチャーの入り口になることが多い。
雑誌をめくる感覚に近い。
知らなかった世界を、一つだけ教えてくれる。
街を歩くことが好きな人は、たぶんラジオも好きだ。
目的地より、道中が面白い。
結論より、寄り道が楽しい。
深夜ラジオも同じだ。
何を話すかより、誰とどんな温度で話しているか。
それが心地いい。
JUNKを聴く夜は、少しだけ街が違って見える。
帰り道も。
コンビニの灯りも。
信号待ちの時間も。
全部が、自分だけのエンディングみたいになる。
だから今日も、イヤホンを耳に入れる。
深夜1時。
街は静かだけれど、耳の中だけは今日も賑やかだ。